◆ごあいさつ◆


 15年間という大切な時間。

 身近な家族のからだの不調や、自分の病気と向き合い、失敗や挫折などの経験をしてまいりました。

 わたしは、その変えることの難しい状況に、肯定し、前向きにとらえ、そして実際に取り組んできました。

 また、健康へ至る道は、病院に頼ることでも、偶然の産物でもないことを、実感し続けてまいりました。

 それは、4500日という時間、薬膳という食事で、食べものと、からだの不調の変化を観察し続けてきたからです。 

 私が得てきたことは、食事の大切さや不調が改善され、健康になれたことだけではありませんでした。

   それは多くの人が見落としがちな、からだとの対話です。

 からだと対話することで、からだの不調のサインを診る、観察力という大きな価値を得ることが出来ました。

 ただ、現在も、弱い体質を改善するための努力に手を抜かず、手間をかける毎日を心がけています。

 今までの自分の貴重な経験を、悩みから不安や迷い、こころの晴れない気持ちを抱えておられる女性に、お伝えし、意欲をもって、今の生を紡ぎ続けていただけるようにと願っております。 

ごあいさつ


 わたしの得意とすることは、ゼロから、人に自分に、心地よく居られる環境をつくることです。

 病気に立ちむかうより、病気への不安や恐れから遠ざかれる価値あるものを見出したい気持ちが、人一倍強くありました。

 からだからの、不調のサインを見落としてしまうことは、大切な命をも無駄にすることがある。

 体質に合わせることで大切な命を養い長らえる食、薬膳との出会いが、病気・不安・迷いばかりの家族と私を、ピンチからチャンスへと好転する好機となりました。 

 わたしが経験した過去の失敗や挫折の体験と中医学に基づく薬膳が、悩みを抱え、未来に不安ばかりを抱える女性への温かいメッセージになればとの想いがあり、サービスを提供させていただいております

 

 はじめまして。

 ご覧いただき、ありがとうございます。

 薬膳サロン つむぎの、国際薬膳師 提中(だいなか)知子と申します。

 はじめに、国際薬膳師という聞きなれない資格を、ご存知ない方もいらっしゃることと思いますので、少しご案内させていただきます。

 

 国際薬膳師は、病院に行くほどでもない不調に、体質の診断や体質に基づいた食材のアドバイスをさせていただける資格です。

 気づきにくい不調のサインに、食事の備えで将来起こり得る病気の予防や、未病(みびょう)という不調の改善、また健康の増進に、専門のアドバイスが出来る資格といえます。

 よく混同されがちな日本漢方に基づく、体質に見合った漢方薬を調合したり、販売する薬剤師資格とは全く異なります。 

 私は、国際薬膳師でありながら、さらに、体質ケアカウンセラーとして活動しております。

 カウンセラーの資格を有する訳ではありません。

 ただ、15年もの間、家族や私自身の病気と、病気への不安と悩みと恐れを人一倍抱えて過ごしてまいりました。

 思うようにならない体験を積み重ねてきた分、今お悩みを抱えておられる女性のお気持ちにも、共感し、寄り添えると自負しております。

 どうぞ、よろしくお願い申し上げます。   


日本国際薬膳師会員 日本国際薬膳師会とは

国際薬膳師/国際薬膳調理師 2016年修得 

国際薬膳師は、薬膳において最も権威のある中国薬膳研究会認定資格

本草薬膳学院卒 【東京都中央区日本橋22番6号 マルカ日甲ビル2階】

 

突然の病を経験して

   わたしは、20代の後半に、突然顔面の麻痺に襲われました。

   麻痺の症状は、口がうまく動かせず、食べものが飲み込めない。

   左目だけが思うように閉じられない。顔の筋肉が動かせない。

   顔が歪んで見える。自分の顔が、自分の顔でなくなっている。

   突然襲われ、最初は何事が起こったのかを認識できませんでした。

  2日間そのまま気になりながらも、放っておいてしまいました。

  3日目、眼科を受診し、先生から「すぐに総合病院へ行きなさい」と言われました。

  脳梗塞か、それとも、耳の病気かたくさん、検査をすることになりました。

 一体どうなってしまうのか、真っ暗なトンネルの中に入ってしまう日々を余儀なくされました。

 脳梗塞ではありませんでしたが、左顔面神経麻痺という病名でした。

 夫に、病名を告げながらも、未来への悲嘆にくれて、涙で、話せなかったことを覚えています。

 対処療法は、点滴とリハビリだけでした。

「100%完治を保証することは出来ません」との先生の言葉が、あまりにも残酷すぎて受け入れられませんでした。

  その当時のわたしは、不妊の病院に通院しながら、妊活中でありました。

  妊活どころか、自分の生活がどうなってしまうのかへの不安、焦り、怖れ。

  最初は、ベットの中で涙ばかりが出て、天井を見つめるばかり過ごしました。

  リハビリしか、治る手段がないと言われ、顔を動かし、口を動かしつづけました。

  思うように動かない自分の目、顔、表情。

  このままでは、もう元の自分の顔に戻れないばかりか、生活も元に戻れないかも。

  なぜこうなってしまったのかと、過去を悔やむばかりでした。

 

 

 そのとき、夫に本を読みたいと好きな本をもってきてもらいました。

 そこに書いてあった一文に目が止まりました。

 それは、「現実大肯定」という文字でした。

 病気に肯定どころか、大肯定が出来るものかと、始めは疑い出来ませんでした。

 でも、過去には戻れないなら、いま、これからに目をとめる、受け入れが大事だと自分で、感じたのです。

 その時から、「大丈夫治る」と自分に言い聞かせ、努めて前向きに病気を捉えるようにこころを変えました。

 薬や先生に頼っても、一番大事なのは、自分のからだを信じることを、この時、学んだと思います。

 

 病気への捉え方や、向き合う自分のこころを変えると、日に日に、元の顔の状態に回復していきました。

「普通よりも回復が早いです」と先生から言われたときは、大変うれしく思い、今でも忘れることはできません。

 残念ながら、100%の回復はできませんでしたが、それでも、この経験は多くのことに気づけた体験でした。

 不調のサインに気づけていなかったことで、顔面神経麻痺になったこと。

 食事がとても当時は、おろそかになっていたことや自分は健康だと根拠もなく自信があったこと。

 なかなか経験できない失敗も挫折も味わいましたが、反対に学びもありました。

 誰もが突然病気になると思うものですが、そうではないことが、今ならはっきりと分かります。

  予防のための備えを知っていれば、小さな不調のサインの芽を積むことが出来たでしょう。

 ここまで大きな病名を告げられることは、なかったでしょう。

 病気を回復することには、食事の大切さが大事だと、病院では教えてもらえませんでした。

 麻痺を克服出来ても、またなるかもしれない怖れ、不安は、その後も、ずっと続きました。

 

 それから10年後、東洋医学の中医学と薬膳という食事の効果を体で感じはじめ、そのときはじめて、またなるかもしれないという、不安や恐れからやっと解放されたのです。

 今まで信じ切っていた世間やテレビの健康常識は、風を追うようなむなしさしか残らないという、虚脱感を感じたのも、これがきかっけでした。


◆自分の体験からサービスへ◆


 人は、突然からだの不調を経験したり病気になると、こころが折れそうになり、自分も、未来のことも見失いそうになるものです。

 わたしの場合、天井を見つめるばかりで、何も前に進もうという気力もわかず、何も手につかなくなりました。でもその間、知らないだけで、からだの中では、どんどん不調が続いていたのです。

 そこで、本当に意識していきたいのはなぜ、気力もわかず、何も手につかなくなるのか、ということです。

 それは、一つは事前の備え、もう一つは対処の仕方。

 この2つを知らない、知らされていないことが、根本的な原因ではと思ったのです。

 不調や病気は、予防するための事前の備えを知らないことに、そもそも原因があるように思います。

 事前の備えが、食べもので出来ることを、わたしたちは、誰かに教えてもらってきましたか?

 不調や病気は、早く回復するための対処の仕方を知らないことに、そもそも原因があるように思います。

 対処の仕方で、良くも悪くもなっていくことを、わたしたちは、誰かに教えてもらってきましたか?

 残念ながら、わたしの記憶には、どちらもありません。

 備えと、対処を提示してくれる人、コト、場所、機会がなかったことで、不安、怖れ、後悔が出てくるように思います。

 不調が出ても、自分で出来る備えを知っていれば、どれほど前向きになれるでしょう?

 病気になっても、自分で出来る対処の仕方を知っていれば、どれほど無駄な時間を過ごさずに済むでしょう?

 備えや対処の方法を知ることは不安や怖れ、後悔の気持ちを、安心や安定、肯定の気持ちへとつなげていくものだと思います。

 無駄な思考、こころ、時間を費やすことが少なくなると、例え同じ状況に置かれても前向きに未来を捉えていけるものと感じます。

 実体験の中で、ほんとは誰かにこうしてほしかった希望を、一から創造することで、今悩みを抱えておらえる女性に、心地よく居てもらえる環境をつくりたいと思ったのです。

 

 備えと対処の2つをご提供させていただける「ナチュラル体質ケアコース」を簡単にご紹介します。

 サービスでは、1つ目カウンセリング(受動的)に重点をおいております。

 「あなたは〇〇体質です。」

 「あなたの体質には、〇〇食材がおすすめです。」

 これは、あくまでも診断とアドバイスのみに重点を置いていると言えます。

 このような指導型中心のサービスは、しておりません。

 不調の悩みの、直接の背景(独自の食生活など)。

 カウンセリング重視で【背景こそ体質や悩みの原因】ということに、気づいていただけるお手伝いをします。 

  

 サービスでは、目にセラピー能動的)に重点をおいております。

「野菜を、1日〇〇グラム食べましょう」

「塩分は、1日〇グラムが制限です」

 これはあくまでも、個人の体質・体調の違いを重要視していないアドバイスと言えます。

 このような個人差に意識を向けない、栄養学のアドバイスはしておりません。

 不調に直接アプローチしケアしていく、体質に合う食材。

 セラピー重視で【からだの変化や改善を見届ける】実際的アドバイスの食事療法を大切にしています。  

 

 

◆経験と実績◆


経験

わたしは、病気ばかりの家族に15年にわたり、身近な食医として、時を紡いでまいりました。

その間、手軽で流行の食生活では、実現できなかった貴重な喜びの体験を積み重ねてまいりました。

こどものアトピーを、薬膳の本を独学で勉強し、改善してきました。

こどもの肺の病気に、退院後の食事に時間をかけ、手づくりを心がけてきました。

原因がわからない、自身のむくみや頭痛などの体調不良を、病院にたよらず改善してきました。

病名が付かない理由で入院できなかった義父に、薬膳料理を作り、介護をしてきました。

義母の胃ガンに向き合いましたが、不調のサインを見ぬけず、後悔しました。 


子どものアトピー

 子どものアトピーの改善のきっかけは、薬ではなく、一つの食材でした。

 生まれて1カ月して、白い顔にブツブツと赤い発疹がでてきたときは、アトピーとは思っていませんでした。母乳が少なくほぼミルクで育てていたので、ミルクがあっていないのかと、はじめは思っていました。発疹はやがて、顔中に広がり、ジュクジュクとして、かゆがって大変でした。夜はせき込むことも多くなり、何とかならないものか困っていました。薬膳の本を見ながら独学(今から思えば怖いことでした)していたとき、ある食材を食べると改善されることを発見しました。それが、レンコンでした。1日食事作りに時間をかける毎日が数年続き、この甲斐あって、アトピーは小学校入学前に、治りました。薬では完治しなくてもたべもので、治るんだと知る貴重な体験でした。



子どもの病気

 習慣性流産を繰り返した末に誕生した子供は、出産後2日目に肺の病症で、大きな病院へ緊急搬送されました。

  先生の差し迫った表情から、透明の保育器の中で、治療を待つ我が子の顔を忘れないと見つめて、どうか無事でと祈ることしかできませんでした。

 生まれた喜びもつかの間で、不安に陥りました。


 久しぶりに対面した子どもは、NICUでの入院生活の中、鼻から何本もチューブを通され、口からは呼吸器を加え、たった一人で眠っていました。優しい先生と看護師さんの完全看護の中で、このチューブが子どもの命を紡いでくれました。

 3週間の入院で、自力でミルクが50㏄飲めるまで回復しましたが、先生より、「救急車の移動が長かった結果、足を動かす機能が100%回復しない可能性があります。ヨーイドンで走って最後まで走れるようになれば、その時、はじめて機能に問題がないと言えるでしょう」と言われました。この時、先生には、「わたしがこの子の責任を持ちます」とお答えしました。自宅に帰ってからは、毎日、子どもの足をマッサージしてさすり、回復することだけを願っていました。

 幼稚園のかけっこで、真っ直ぐに、人よりも早く駆け抜けていく姿を見て、思わず緊張から心がやっと、解けました。

 

薬膳が興味・関心から生活の軸になるまで

1998年 不妊を通して、病院のお薬に頼らず体質を改善する医学、東洋医学に関心をもつ

1999年 漢方薬局で漢方薬を飲みながら、自己流の体質改善を始める

2000年 漢方薬(当帰芍薬散)の効果を信じながら、不妊の病院に通い続ける

2002年 8カ月まで不思議とトラブルもなく双子を妊娠

2003年 双子を出産する、子どもアトピー発症、子どもの肺の病気発症

2004年 薬膳の本で独学しながら、自己流で、子どもの体質改善を始める

2005年 子どもの食事づくりに1日の時間をほぼ費やす日々

2006年 通信で薬膳の勉強を始める、子どもの肺の病気の後遺症も改善

2007年 子どものアトピーが改善・義母の胃がん宣告・別れ

2009年 自身のむくみ、頭痛の改善に向けて、自己流で体質改善始める

2010年 「薬日本堂漢方スクール」で、薬膳の元、中医学を通学で学び始める

2012年 日本漢方養生学協会 「漢方養生指導士初級」資格認定

2012年 日本漢方養生学協会 「漢方養生指導士中級」「漢方スタイリスト」資格認定

2013年 自身のむくみや頭痛が改善

2014年 義父の自宅での自力介護で、介護の大変さに心が折れ、さらに体調を崩し入院

2015年 中医学・薬膳を学び直すため「本草薬膳学院大阪教室」へ通学する

2016年 本草薬膳学院認定  「中医薬膳師」資格認定

2016年 中国薬膳研究会認定 「国際薬膳師」「国際薬膳調理師」資格認定・義父との別れ

2016年 未病を体質診断&食事でケアする「ナチュラル体質ケアサービス」を始める 

2017年 ナチュラル体質ケアサービスの体験者さま90%以上が、不調を改善され好評を得る

 

プロフィール

ご紹介させていただきます。

小学生のとき、「目立たないけど任せて安心できる」と、先生から言われたことがあります。

中学生のとき、「将来、努力すれば伸びますよ」との、先生の言葉をずっと信じていました。

高校生のとき、勉強の面白さに、やっと目覚めはじめました。

短大生のとき、1回生で、一つ単位を落としてしまい、卒業できるか不安でした。

公務員のとき、町民の方や上司から叱られることも多く、かなり落ちこみました。

いま、薬膳一辺倒に見えて、案外、そうではないところもあります。

甘いケーキに、つい誘われてしまうことが、たびたびあります。

▼出身地:滋賀県高島市

安雲族、継体天皇、古墳群、大溝城。古代ロマンを肌で感じられる、自然豊かなまちです。

▼出身校:賀県立高島高校

▼部活動: 

1年生 ー茶華部に憧れて入部したものの、中学の部活動のバスケットボール部が忘れられず、途中退部。

2年生 ―バスケットボール部。

3年生 ―帰宅部。

▼出身大学:京都女子大学短期大学部文科 京都に憧れて通学生活

▼思い出:学食節約のために、お弁当を持参。母が作ってくれた手づくりのかばん持参の毎日。

▼出身大学:近畿大学通信教育部商経科

▼思い出:良書を手渡す図書館司書になる夢を叶えるために、仕事をしながら苦学の経験しました。

▼職業:滋賀県高島市〇〇町地方公務員

▼思い出:社会的弱者の方の住宅係、相談係で、失敗を重ねて上司にはよく叱られた思い出たくさん。

▼職業:同町図書館司書

▼思い出:子どもたちに良い読書環境を作りたい想いから、ゼロから図書室の整備に関わり、読書率アップに奮闘した毎日でかけがえのない日々。

▼アルバイト:有機農家さんのお手伝い

▼思い出:鶏のふんのバケツを両手に持って、土とほこりにまみれた青春時代のような時期が懐かしい。

▼地元自治区事務員

▼思い出:古い集落の中で人と人との濃いつながりを感じるお仕事を経験しました。

▼忘れられない思い出

中学3年生のとき、勉強で困っていた親友の勉強をサポートして、親友の順位が20番もアップしたこと

【特技・趣味】

●年齢の差に関わらず、相手の方と話題を見つけ、お話しが出来ること

●多分野の本に興味があり、人の文章を読むこと

●木工の技術なしで、キッチンの収納棚や扉を作ったこと

●一人でいても、孤独を感じないところ

●おごそかな日本の古い伝統に興味があること。(香道、礼法、折形、お箏)

●京都などの小京都にぶらっと出かけ、神社仏閣・庭園巡り

●愛犬とゆるジョギング 

●構築・設計すること

【好きな本】

旅(温泉)の本

●歴史の本

●人生訓

 

【尊敬する人】

●地域に根差した近江商人

●中江藤樹(地元安曇川町出身 陽明学者)

 

【苦手なこと】

●ファッションや化粧品の流行の話にうとい

 

【好きな俳優・歌手】

●ソン スンホン

●岡田 准一

●秦 基博

 

【休日の過ごし方】

新聞を読むこと

●家族と温泉や食事へぶらっと出かける

図書館でぼーっと本を読んで過ごす

●中国語・英語のラジオを聴く

 

【目標】

●人としてこころを成長し続けること

●薬膳でこころも健康になれる女性のために役に立つ事

●薬膳で、家族と自身の健康維持

 

【家族】

●夫・息子・娘の4人家族とハナ(愛犬)

【妊活中に通った漢方薬局 勝馬薬局さん】

最初店内に入ったときハブ(ヘビ)のお酒が陳列されていて、びっくりでした。当時わたしが飲んでいた漢方薬は、当帰芍薬散でした。まだこのころは、薬膳知らなかったから、お薬にだけ頼ってました。

習慣性流産の原因の一つ、血の不足から来る、子宮の内膜の薄さは、この漢方でずいぶん解消されたと振り返って、そう思っています。


【いまお世話になっている中医学の漢方薬局 わやくや千坂さん】

京都にある中医学の漢方薬局わやくや千坂さんの先生。現在も、家族やわたしの体調が良くないときは、ここのお薬を飲んでいます。6年ほど前、ひどいむくみの時、送っていただいた五苓散の効果にはびっくりで、一変に治ったことが懐かしい思い出です。今は、紅花やサンザシなどキッチンで使う生薬をここで、買わせていただいています。


 

 

▼不妊のころ

 からだの治癒力を伸ばすことには目も向けず、病院まかせの期間を数年過ごしました。

 からだは生ものなのに、どうして人工的なものに頼り切る必要があるのかと考え、以後それからは、食べものや漢方薬で体質そのものを変える生活へと切り替えました。

 まるで、自分のからだの欠点ばかりに目を向けがちだった通院の日々に、一時、自信まで無くしかけましたが、最後は、体質を変えることこそが、妊娠への土台になるのではと気づきました。


薬膳に出会えたきっかけ

本草薬膳学院大阪教室卒業式 (2016.3月)

学院長 辰巳 洋(たつみ なみ)先生と共に。

 10年以上前、はじめて薬膳に出会ったときのこと。

辰巳先生のこの学院で学びたい、そうこころの中で願い続けてきました。

  辰巳先生のつややかなお肌をまじかで拝見し、シミ一つないお肌に、「これが薬膳の効果なんだ」と、しみじみ感じたものです。

 本草薬膳学院のご案内はこちらから。

 


実績

公的機関(公民館主催など)において、薬膳料理講習の講師の経験をしてまいりました。

毎回、参加者さまには、薬膳だから出来る病気予防・不調改善の魅力を感じていただいております。

また、約7年間にわたる各種イベントへの出店において、約400人を超える方方とお出会いをしてまいりました。

薬膳茶のからだへの効能や目的、味などを実際に体験していただき、他の食事とは異なる点に共感していただいております。 

平成26年度~平成28年度 高島市食と健康の集い 子ども向き薬膳ふりかけづくり 手づくりふりかけ大好評

平成26年度~2年間 高島市公民館主催「季節の薬膳料理講座」開催 高島市にて初の薬膳講座

平成28年度 大津市瀬田キッズパークにて「子ども向き薬膳ミニ講座」開催 薬膳はじめてママに人気講座

平成29年度 高島市介護者の集いにて「介護者のための薬膳料理教室」開催 テレビでは聞けない情報と好評

平成29年度 高島市安曇川公民館チャレンジキッズにて「こども薬膳教室」開催 手づくりジャム大好評

平成29年度 彦根市男女共同参画センター主催「冬の薬膳料理教室」開催 満員御礼

 

【女性のチャレンジシンポジウムにて事例発表】

 滋賀県立男女参画センターにて

 サロンで薬膳をはじめて間もないのですが、事例発表をさせていただく機会を得ることが出来ました

 事例発表では、なぜ薬膳を始めようと思ったのか。

 どのような薬膳のサービスを提供しているのか。

 サービスを受けてお客さまがどのようにお悩みを解決されたか。

 などをお話しさせていただきました。

 発表後、参加者さまから、「さきほどのお話、とても興味があります」

 「わたしもからだのために、何かしないといけないって思っているんです」

 「提中さんの想いがすごく、伝わってきてじ~んとしてしまいました」

 など、うれしいお言葉をいただき、とても嬉しく思いました。


ご質問がありましたら、まずは、お気軽にお電話くださいね。

電話番号:固定電話 0740(34)1620

    :携帯電話 09091665326 

    *サロンの業務を一人で対応させていただいているため、すぐにお電話に出られない場合があり、ご迷惑をおかけすることがございます。

所在地:滋賀県高島市安曇川町(あどがわちょう) 安曇川駅より車で8分(ご予約時に詳しい住所をお伝えいたします。)

営業時間:午前10:00~午後5:00

定休日:日・祝日 *不定休の場合もあります。

駐車場:軽自動車用4台 乗用車は、歩いて1分の空き地をご利用ください。(無料)